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【金王八幡宮の見どころ】歴史・自然、パワースポットで有名

渋谷といえば、オフィス街でもありショッピングやカルチャーを楽しむ街として有名ですよね。でもそれだけではないのです。実は渋谷には神社が多くあり、パワースポットとしても有名です。今回はその中でも、特に有名な「金王八幡宮」を特集しました!

都会の喧噪の中にあるにもかかわらず、静かな雰囲気を楽しむことができる癒やしのスポットでもあります。この記事では、そんな「金王八幡宮」の歴史や見所に関してまとめてみました。どうぞ最後まで、ゆっくりとご覧ください。

金王八幡宮の基本情報

金王八幡宮の歴史

この八幡宮は1092年(寛治6年)に平安末期の武将である河崎基家により造営されました。

この基家は渋谷氏の祖と呼ばれています。義家の上洛の際に、基家の息子である重家が禁裏の賊を退治したことから、時の天皇である堀河天皇より「渋谷」の姓を賜ったエピソードから由来しています。

彼が源義家に従い、後三年の役で武勲を挙げたことにより、武蔵谷盛庄七郷(渋谷、代々木、赤坂、飯倉、麻布、一ツ木、今井など)を賜りました。これに対して、自身が信奉する八幡神のおかげであると感謝し、この地に八幡宮を勧請したのです。

当時は、この八幡宮を中心として創建された「渋谷城」がありました。この城の加護のために造営されたため、その当時には「渋谷八幡宮」と呼ばれていました。この「渋谷城」が現在の「渋谷」という地名の由来と言われています。

その後、基家の息子である重家がなかなか子宝に恵まれないことから、八幡宮に跡継ぎを祈願しました。これにより「金王丸」と呼ばれる男児が生まれました。この「金王丸」は後に勇猛な武士となり、大きな武勲をたてたことから現在では「金王八幡宮」と呼ばれています。

金王八幡宮のアクセス・駐車場・所要時間

    電話番号:03-3407-1811
    住所:東京都渋谷区渋谷3-5-12
    アクセス:渋谷駅から徒歩5分
    駐車場:5台

金王八幡宮の月次祭・日供祭

金王八幡宮では、毎月1日・15日に神様に感謝して、国民の安泰と繁栄を願う「月次祭(つきなみのまつり)」と、その他の日には神様にお供え物をすることで、氏子や崇敬者の安寧を祈る「日供祭(にっくさい)」が行われます。

一般の人も参加することができます。祭事の時間帯は9時~9時半までとなっており、参列する場合は8時50分までに社務所に集合となります。日頃の神様への感謝を込めて、是非一度参加してみてはいかがでしょう。

また、年間の祭典の中で最も大きな祭りである「金王八幡宮例大祭」では、神輿の担ぎ手として参加することができます。毎年、国籍や地域を問わず多くの担ぎ手が参加して祭りを盛り上げています。参加方法は例大祭のオフィシャルサイトから申し込みのため、興味がある方はご確認ください。

渋谷金王八幡宮例大祭オフィシャルサイト

金王八幡宮の見どころ

映画「天地明察」にも出てきた「算術絵馬」

皆さんは「算術絵馬」というものをご存じですか?これは、数学の問題が書かれた絵馬のことを指します。元々は、江戸時代に数学の問題が解けたことを神仏に感謝し、より勉学に励むために奉納されていました。

時代とともに新しい問題の発表をする場として利用されるようになり、回答をつけず問題だけを奉納する人や、その解答や新たな問題を奉納する人が現れるようになります。

金王八幡宮の「算術絵馬」は映画「天地明察」にも登場し、主人公の渋川春海が和算家の関考和を知るきっかけになるなど重要な役割を担いました。

「算術絵馬」は全国に約1,000面存在し、金王八幡宮では3面の絵馬が現在も保存されています。これらは約150年前に奉納されたもので、美しい色彩で問題が染色されています。希望すれば拝観することもできますので、興味がある方は一度訪れてみてはいかがでしょう。

渋谷区指定記念物「金王桜」

境内の社殿脇には渋谷区指定記念物に指定されている「金王桜」が植わっています。この桜は長州緋桜という種類で、雄しべが花弁化したものが混じることで、八重と一重が同時に咲く大変珍しい一本桜です。

伝承として、源頼朝が勇将として仕えた金王丸の忠義に感謝し、その名を後世に名を残すために、鎌倉からこの地に移植した桜と伝えられています。江戸時代には、江戸三名桜として円照寺(新宿区北新宿)の「右衛門桜」や、白山神社(文京区白山)の「旗桜」と並んで数えられ、現在まで守り育てられてきました。

毎年3月最終土曜日になると、春の恒例行事「金王桜まつり」が開催されます。

ちょうど桜が満開の時期と重なるのでお花見にもぴったりです。催し物として箏演奏やバイオリン、ジャズ演奏、大道芸、カラオケ、屋台やお抹茶処などが出店し、毎年大変賑わう行事となっています。美しい桜と楽しい催し物を是非堪能ください。

江戸時代初期の建築を感じられる「御社殿」

「御社殿」は1612年(慶長17年)に造営されました。

その当時、3代将軍は家光の弟の忠長であろうとの風説が行われていました。そこで、家光の乳母である春日局と教育役であった青山忠俊が大変心配し、氏神として信仰していた「金王八幡宮」に熱心に祈願を行い、春日局も護摩料として金八十両を奉納しました。

その後も、家光が初めて鎧を装着する「具足始めの儀」が行われる際も、神明の加護だと大変喜んで伯耆守は数多の材木を、春日局は金百両を寄進し社殿を造営しました。

現在まで、何度か修繕を行いましたが、江戸時代初期の建築様式を今に残す貴重な建物の一つとして渋谷区指定有形文化財に指定されています。社殿は権現造りであり、豪華でありながらあっさりとした姿です。特徴的な拝殿正面の左右に彫られた虎と貘はそれぞれ正しき政と世の安寧の願いが込められているそうです。

渋谷城の砦の残石

現在「金王八幡宮」がある場所を中心とした高台には、「渋谷城」という城がありました。この城は、渋谷氏の祖である河崎基家により創建された城です。

「渋谷城」が創建された一帯は高台になっており、東には鎌倉街道があり、西には壕の役目となる渋谷川があるなど好条件の立地でした。しかしながら、1524年(大永4年)の高輪の戦の際に、襲われ焼き払われてしまいました。

現在は「砦の石」として、境内に置かれているものを残すのみとなっています。この石は「渋谷城」の石垣の一部で、現在まで城があったことを示す貴重なものです。パワースポットとしても有名なので、訪れた際に是非見てください。平安時代から生き抜いた石の不思議なパワーを得られるかもしれませんよ。

御嶽神社

八幡宮の中には、「御嶽神社(みたけじんじゃ)」があります。この神社は、御岳山にある武蔵御嶽神社を本社としています。「開運」や「商売繁盛」の神として、客商売を営む人々の信仰を集める神社です。

さらに、武門の誉れ高き渋谷氏の居城であったから、古来より武道守護の神として武士の信仰を広く集めている日本武尊(やまとたけるのみこと)も祭られています。

また、社前の狛犬一対と西参道の鳥居は戦前の実践女子学園の校内にあった「香雪神社」のものを移設したといわれています。

玉造稲荷神社

八幡宮の中には、「玉造稲荷神社」があります。1703年(元禄16年)の江戸中期に造営された神社です。

造営当初から明治まで渋谷では稲作が行われていました。また商業も盛んだったことから、「五穀豊穣」や「商売繁盛」の神として、地域の人々の信仰を集めていました。現在でも金運のパワースポットとして人気の場所です。

金王丸

皆さんは「金王丸」という人物をご存じですか?彼は「金王八幡宮」の由来になった人物といわれています。

渋谷金王丸は、「金王八幡宮」を造営した河崎基家の孫にあたります。この「金王八幡宮」はその当時、城の名前より「渋谷八幡宮」と呼ばれていました。

彼の父である渋谷重家が子宝に恵まれず、夫婦で八幡宮に祈願を続けていると、金剛夜叉明王が宿る夢を見ました。そして授かった男児を夢の明王にあやかり「金王丸」と名付けたそうです。

「金王丸」は源頼朝の父である義朝に従い、保元の乱で活躍しその名を轟かせました。諸説によってはその後に、討ち死にした義朝の御霊を弔うために剃髪し、土佐坊昌俊(とさのぼうしょうしゅん)として御霊を弔ったそうです。

彼は頼朝や義経とも交流が深く、彼らが反目し合うごとに仲を取り持ったといわれています。しかしながら、壇ノ浦の戦いの後に頼朝より義経を討つように命じられたため、思い悩んだ末に義経の館に討ち入りました。結果的に義経に討たれてしまうのですが、勇将らしい立派な最期だったと言われています。

「金王丸」はその武勇から平治物語や近松戯曲に登場します。また、土佐坊昌俊としても平家物語や吾妻鏡、源平盛衰記に登場します。さらに江戸時代には歌舞伎や浄瑠璃にも登場するほどの人気者でした。そんな彼の名声をたたえ、「渋谷八幡宮」から「金王八幡宮」へと名称が変わったのです。

現在は、境内にある金王丸御影堂に金王丸の木造が納められています。この木造は17歳で彼が出陣した時に、母に形見として残したものと言われています。木像は毎年3月の最終土曜日に斎行される金王丸祭で特別開帳されます。是非ご覧ください。

お守り・絵馬

「金王八幡宮」には3つのご利益があります。

一つ目は「交通安全」です。八幡宮のすぐ前には「八幡通り(旧鎌倉街道)」と「青山通り(旧大山街道)」の2つの道があります。これらは昔より交通の要として重宝され、渋谷の発展に大きく貢献してきました。このような要所を守護している八幡宮のご利益は大きく期待できるでしょう。

2つ目は「子授け」です。かつて渋谷重家が子宝に恵まれなかった折に、夫婦で祈願を重ねたことにより待望の男児として「金王丸」を授かりました。その後の「金王丸」の活躍などからも「子授け」のご利益を十分信じることができるでしょう。

最後は「出世」です。この八幡宮を造営するきっかけも、後三年の役で武勲を挙げた河崎基家が、信奉していた八幡神に感謝したためです。さらには、春日局と青山忠俊の願掛けにより当時の風説を覆し、みごと家光が将軍になった逸話からもご利益を感じることができると思います。

八幡宮ではこのようなご利益を得られる、様々なお守りがあります。「交通安全」や「旅行安全」など自分が必要と知るお守りを選んでみてください。また、この八幡宮の絵馬には「金王丸」の絵が描かれています。こちらも是非奉納してみてください。

最後に、面白いおみくじをご紹介しましょう。「一年安鯛」というおみくじで陶器製の鯛のおみくじです。

かわいらしいおみくじはインスタ映えすること間違いなし!訪れた際は是非引いてみてください。

金王八幡宮のまとめ

いかがでしたでしょうか。今回の記事では、平安時代より渋谷の土地を見守ってきた「金王八幡宮」を紹介させていただきました。

ご紹介させていただいたエピソードから感じられるように、パワースポットとして申し分ない場所だと思います。また、渋谷の喧噪を感じさせない緑豊かな神社のため、ひとときの安らぎを求めて訪れてみても良いかもしれません。機会があれば、是非足を運んでみてください。